May 01, 2009

寸法通りとなかったソファ

我が家は5年前にソファを買いかえ時の苦労話です。それまで使っていたソファベッドがかなり古くてきたため、妻の提案思い切って交換することにしました。うちの妻は家の中に、複数の再配置の愛の交換が決まってからはあれこれインターネットでソファーを検査寸法をメモしておいて、ここでおこうかそこにおこうかでもないこうでもしないと、混雑していました。実際に置き場所も決まって奥さん選択ソファーが到着した当日、思わぬ事態が。完璧な寸法を測定置いしたところ、なんと入り口のドアをソファーがくぐれでした。妻は口があんぐりでした。結局、箱から出し、足を切断し、ようやく家の中に盛り込まれたが、今は笑う当時、大きなイライラだった出来事でした。
寝る時、布団派とベッド派と、少なくとも2つに分かれると思いますが、私は絶対にベッド派です。何か、もしジョーイだったとしても、床に寝したいですね。よくすることができないことはないと思うが、底からの高さのあるベッドでは寝やすいです。長年のベッドだからってのもあると思うんですが。やっぱり布団よりもベッド派ですね。私は。
 クールな二枚目俳優としてドラマや舞台で活躍した俳優の細川俊之(ほそかわ・としゆき、本名同じ)さんが14日午前5時24分、急性硬膜下血腫のため死去した。70歳。福岡県出身。自宅で転倒して頭部を打撲、意識のない状態で救急搬送され、帰らぬ人となった。ミュージカル「ショーガール」などで存在感を示し、アニメ「あしたのジョー」の力石徹の声も担当した。

 細川さんの訃報は、妻で元宝塚歌劇団の典江さん(67)が14日夜、マスコミ各社にファクスで報告。12日に東京都品川区の自宅の居間で転倒し頭を強く打ち、意識がない状態で病院に搬送された。通夜、葬儀・告別式の予定はないという。

 昨年3月、都内で行われた米映画「NINE」のジャパンプレミアで女優の木の実ナナ(64)とレッドカーペットを歩き、元気な姿を見せていた。配給関係者は「滑舌は少し悪かったが、背筋も伸びて歩き方もしっかりしていた。ダンディーそのものだった」と振り返った。自宅近くの飲食店店員は「よく奥さまと来店され、いつも明るく声をかけてもらった」と気さくな人柄をしのんだ。

 学習院大学中退後、俳優座養成所を経て、64年に文学座入り。若手の二枚目俳優として頭角を現した。70年の吉田喜重監督「エロス+虐殺」で注目を集めた後に文学座を退団しフリーに。74年にはドラマ「時間ですよ 昭和元年」で陰のある男を演じて話題となった。

 木の実と共演した「ショーガール」は15年間にわたって続いた。ダンディーな美声でも知られ、劇場版「あしたのジョー」(80年公開)の力石徹役も好評を博した。

 私生活では67年に当時文学座の女優だった小川眞由美(71)と結婚し、73年に離婚。翌74年に典江さんと再婚した。

 09年7月、テレビ朝日「徹子の部屋」で、95年に脳内出血で倒れていたことを告白。40日間入院し同年、糖尿病でも1カ月入院した。

 04年からは大阪芸大芸術学部舞台芸術学科演出コースの客員教授を務め、昨年12月9日の講義が最後となった。今月20日に講義を予定していたが、13日に「休講にさせてください」と関係者から連絡があったという。

 ◆細川 俊之(ほそかわ・としゆき)本名同じ。1940年(昭15)12月15日、福岡県生まれ。64年に「無言な毒薬」で初舞台。「欲望という名の電車」など名作に出演。映画デビューは66年の野村芳太郎監督の「暖流」。97年には三谷幸喜監督の「ラヂオの時間」で往年の二枚目俳優を演じた。テレビでは78年のTBS「ムー一族」でコミカルな演技も披露。スキューバダイビングを愛した。血液型B。

 ▼木の実ナナ(ミュージカル「ショーガール」で共演した女優)最高のパートナーでした。細川さんがいてくれたので、15年間「ショーガール」が続けられました。その「ショーガール」の作・演出家である福田陽一郎さんが昨年亡くなられ、そしてこの知らせ。とても悔しくて残念です。1年ほど前に映画の試写会でお元気な細川さんとご一緒したばかりなのに信じられません。とても大切な優しい戦友でした。

 ▼小川眞由美(前妻の女優)文学座の「シラノ・ド・ベルジュラック」(67年)の共演をきっかけに当時“世紀の大恋愛”とも言われて結婚しましたが、意外と早い幕切れを迎えてしまいました。一緒に暮らすことはありませんでしたが、娘にとってはたった1人の父親でしたしね。今の奥さまと一緒にたまに娘の連絡先などを電話で尋ねてくることもありました。声が独特で、あの声が聞けなくなるとはもったいない。残念です。

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細川俊之 、 急性硬膜下血腫 、 救急搬送 を調べる

 クールな二枚目役で舞台やドラマなどで幅広く活躍した俳優の細川俊之(ほそかわ・としゆき)さんが14日午前5時24分、急性硬膜下血腫のため死去した。70歳。12日に東京都内の自宅の居間で転倒して頭部を打ち、同・渋谷区内の病院に運ばれたが、そのまま帰らぬ人となった。1963年に文学座研究生となって俳優デビュー。独特の甘いしゃべり方で人気を集め、ミュージカル「ショーガール」は15年ものロングラン公演となった。通夜、葬儀等は予定していないという。

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